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ナンバープレートの歴史(2022年5月5日更新)

1897〜1940〜1950〜1960〜1970〜1980〜1990〜
2000〜2010〜2020〜

■組織 ●法令 ▲車両 ◆税金 ○その他

1897(明治30)年
■逓信省郵務局で陸運監督業務を開始。(8月)
1898(明治31)年
●警視庁令として「自転車取締規則」が制定される。(6月10日)
■陸運監督を逓信省通信局に移管。(10月)
1900(明治33)年
●警視庁令として「道路取締規則」が制定される。(6月21日)
1903(明治36)年
●自動車の規制が始まる。全国統一の取締規則は存在せず、各府県が制定していた。ナンバープレートに関する明文の規定はなし。
1906(明治39)年
◆大阪府は自動車1台につき年額10円の自動車税を新設。
1907(明治40)年
●警視庁令「自動車取締規則」第18条に「車両番号」が示される。
 【様式】「車両ニハ警視庁ニ於テ指示スル車両番号ヲ車体外前部及後部見易キ箇所ニ表示スベシ」「車両番号ハ黒地ニ白色ノ亜刺比亜数字ヲ以テ車体ニ之ヲ描クカ又ハ長方形ノ標板ニ之ヲ描キ車体ニ固着セシムベシ」「前面ノ番号ハ文字ノ太サ六分、幅1ノ字ヲ除ク外二寸四分、高サ三寸」「後面ノ番号ハ文字ノ太サ八分、幅1ノ字ヲ除ク外三寸二分、高サ四寸」
1912(明治45)年
●鳥取県で初めて自動車登録。
1913(大正2)年
●【様式】登録車数が1000台突破。車両番号は四桁の場合は「1.234」、五桁は「12.345」(千の位と百の位の間に「.(コンマ)」を付ける)のように表示。東京府は地名省略で、それ以外はローマ字(頭文字)表記とされた。(例:神奈川県はK)
1919(大正8)年
●内務省令として「自動車取締令」が施行される。(2月15日)
 【様式】「車輌番号ハ車輌ノ前面及後面見易キ箇所ニ標示スベシ」「後面車輌番号ハ夜間30間ノ距離ニ於テ明瞭ニ認メ得ヘキ燈火ヲ以テ照射スベシ」なお、本令に定めるもののほか必要な事項は地方長官に委任するものとされた。地名表示がローマ字から漢字の頭文字(東京府は地名省略)となる。ナンバープレートの色彩は黒地に白文字(特種自動車は白地に黒文字)で、法令上は文字の太さや寸法、間隔に制限があるのみで、標板の大きさはまちまちであった。
1920(大正9)年
●内務省令として「道路取締令」が制定される。
■鉄道省(運輸省の前身)設置。(5月15日)
1925(大正14)年
■陸運監督業務が逓信省郵務局に戻る。(5月)
1926(大正15)年
●警視庁令「自転車取締規則」が改正される。
1927(昭和2)年
●【様式】全て白地に黒文字(全てというのが引っかかるが?)で、各府県で個々に交付。「長野」など府県名の縦表示と数桁の数字で表記。県名表示が略称ではなくなる。
1928(昭和3)年
■陸運監督権限が逓信省から鉄道省監督局に移管され、監督権の行使は各府県知事を通じて行う。(11月5日)
1933(昭和8)年
●「自動車交通事業法」施行。(10月1日)
▲自働三輪車及び自動自転車(二輪車)の名称が小型自動車と改称。(10月1日)
●「自動車取締令」が改正され、車両番号の書式が定められる。ただし、各府県ごとの「自動車取締令施行規則」により詳細が決められていた。
 【様式】プレートの左側に府県を示す漢字、その右側に車両番号。車両番号は四桁以上の場合、千の位と百の位の間に「.(コンマ)」を付ける。車両番号が五桁の場合、地区名は万の位の数字の上に書く(具体的な図がないので詳細は不明)。ただし大阪府に限っては逆T字型。車両番号の番台区分などの詳細については不明。色彩は普通自動車は黒地に白文字、特殊自動車は青地に白文字、小型自動車は橙黄地に黒文字となる。(※普通、特殊、小型の区別の基準は不明、自家用・事業用の区別なし)同時に文字の寸法も太く大型になり、小型は別の寸法が指定された。北海道では「定期的に決まった区間を走る場合は、プレートの周囲を1センチ幅の線で囲む」材質はアルミで、文字は浮き出し。寸法は普通>特殊>小型でそれぞれ異なる。地方により差異あり。
1936(昭和11)年
●「自動車製造事業法」施行。(7月11日)
1937(昭和12)年
■陸運監理官の地方駐在制度がとられ、陸運全般に関する監督が行われる。